読書感想文:「地域ではたらく「風の人」という新しい選択」

 

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一か所に長く住んだことのない私には「故郷」とか「地元」がありません。あえていうなら今まで住んだ場所全てがそうです。札幌、小樽、阿山(いまは伊賀市)、津、芸濃(いまは津市)、京都。生まれた札幌にいたのは小学校に上がるまで、小樽を経て超田舎と言ってよさそうな阿山で小学校を終えました。それから転々として、いちばん長い京都でも大学院から9年間。一年ちょっと前からは千葉県の流山市に住み、つくばの研究所に通勤しています。それも来年の半ばには福島県の三春に移る予定です。

 

ただ、住んだところにはどこも、それなりに愛着を持っています。阿山町と芸濃町が合併で町でなくなったと知って寂しく感じましたし、子供の頃3年半だけ住んだ小樽の家は20歳で訪れたときには取り壊され、その数年後に行くと周りの土地ごと造成されてマンションになっていたのも、さらに最近、通っていた小学校が廃校になったと聞いたときも、少々ショックでした。都道府県の単位では三重県がいちばん長く、京都で出会った三重出身の方々と会食を開いたりもしましたね。京都は大学院から今の仕事にそのまま繋がっているので、研究者としての私はほぼ京都産です。京都市の温暖化対策計画づくりにも関わりました。それはその後実施され、当時一緒にやってくれた後輩のO君が今ではプロの環境コンサルタントとして同計画の見直しをしているそうです。

 

同書はいわゆる「地域づくり」「地域活性化」の本です。

 

これまで私は21の国・都市で温暖化対策研究に関わってきました。これも地域づくりとは切り離せません。ローカルな組織によって実践されている多くの環境活動は当然として、温暖化対策はほとんどすべての人間活動と関わっていますから、その地域の社会・経済状況や都市計画と深く関連します。例えば10年後、20年後に人口が何人いるか。どんな産業活動がどれくらいされているか。住民はどこにどんな風に住んでいて、どこで就学・就業しどうやって通勤しているか。これらすべては、いわゆる「地域活性化」から見ればその目標ですから、温暖化対策を考えるときにも、どんな地域づくりをするのですかと、そこの人達と一緒に考えることになります。

 

なかでも上手く行ったと言えそうなものでは、京都のように政策に直接とりあげられ、議会の承認を経てそれが事業として実施され、その事業もそろそろ見直しというタイミングになっているものもあります。一方、インドの都市なんかでは、温暖化対策の情報を集め、シミュレーションをして報告はまとめたものの、政策としては採用されず、研究だけで終わってしまったものもあります。

いわゆる天地人が揃えば上手くいくのでしょう。このうち「人」は、いずれの場合も、必ずその地域の政策担当者、研究者とチームを組んでやっています。新しいところを始めるときには、たいてい、誰かの紹介がきっかけになるのですが、その国や地域の政府・研究機関の中のどんな人を捕まえてチームをつくることが出来るか。「人」要素としてはほとんどこのチームづくらいの段階で決まるように思います。

 

さて、同書は島根に「帰って」きたり、「引っ越して」きたり、「一時的に拠点にして」いて割と注目されるような成果を上げている人達に、東京の大学の、ほとんどが都市生まれ都市育ちの学生がインタビューしたもの。地域づくりについて人の面からアプローチしたとも言えますね。ところが、ここで登場する人達の共通点は、島根にいなかった時期があることくらいです。ある時点でその場所に、ヨソから来た。だから、その場所に元からいた人達に受け入れられたり受け入れられなかったりしながら、それぞれの活動をしてきた人達ですね。あとは何もかもばらばらで、順風満帆と言えそうな方もいれば、いまも四苦八苦していたり、誰もが惹かれる人格者もいれば、外角低めの方もいて。ですので何かの「成功法則」みたいな、「こうやれば地域活性化は成功する」という処方箋が見つかるわけではありません。むしろ、ソトに行っていた、ソトから来た人が、地域で活躍する方法は色々あるということが分かります。

 

さて。わざわざこうして感想を書こうと思ったくらいなので、とても楽しく読んだのですが、実はひとつだけ残念なことがあります。色々な職業の方が登場するのですが、研究者がいないのですよ。私は昨年から福島県の復興に係る研究を始めたところで、来年には引っ越し予定もありますが、地元の人達から見れば私たちは東京のほう(つくばなんで「ほう」笑)から来たエラい先生扱いされてしまったりするわけで、もちろんそこの人達のお役に立てるアイデアがあると思うからやっているわけですが、私たちが既に答えを持っているなんて思いませんし、そんな偉そうに上から何かを授けたいわけではありません。事業につながるアイデアはありますがその事業が調査の段階を過ぎれば、実施するのは研究者ではありませんし、また、その事業から利害を受けるのは地元の人達。…というようなことから、地域に「受け入れられたり受け入れられなかったり」する経験をしている研究者は数多くいます。きっと島根にもいるはずだと思うのですけど、ね。

 

あるとき何かの縁があって他の場所からそこを訪れ、そこで何かをして、成功したりしなかったりして、またどこかへ行ったりそこに居続けたりする。同書はそういう人達を「風の人」と呼び、その場所に元からいる「土の人」と対比しています。この分け方でいうなら私は風のほう。圧倒的風のほう。ただちょっとゆっくり目の風ですけど。次にどこに吹いていくかはほとんどが偶然で文字通り風任せの人生を送っていますが、たまたま流れついた先で、彼らと同じように四苦八苦しながらも、なるべくいいものを作っていこうと改めて思う所存です。

 

最後に。同書の企画は田中輝美さんが発起人ですが、上述のように学生がインタビューして記事を書いています。田中さんは最初と最後だけ(あと指導者の藤代先生がちょっと)。私はどっちかといえば取材「されている」人たちのほうに立場も年齢も近いので、そっちの視点から取材「しに来た」学生さんの姿が見えます。率直な感想も書かれていて、表面的にも内面的にも、いろいろ大変な経緯があったことが伺えます。今は良い経験だったと言いきれない人もきっといるでしょうけれど、こういう取組は人生が続いていけばジワジワ効いてくるんじゃないかなあと、無責任に言っておきますね。

 

島根は面白そうだとずっと思っているのですが、まだ行けずにいます。今年中に一度は行こう。そうしよう。誰か一緒に行きませんか?

 

 

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